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私たちは「知っている」と片付けて
未知や、分からない事を恐れている気がしますが
本日もそのことについて、お伝えしたいなと思います。

人類は今まで、誤った前提の元に、
社会を構築してきてしまったのではないかと心配しています。

とてつもなく神秘の中…

夢のような中…

この世でもあの世でもない…

それを超えた計り知れない何か…
とんでもない所に存在していると言う前提をもつことが
人類にとってとても大切なことだと思うのです。


あらゆる不安や恐れ、
そこからくるあらゆる争いを終えてゆく為にも・・・。


真実(リアリティー)を見ないようにして、
あらゆる未知なるものに名称付けをして
それを当のものと思い込んでしまったり…

万物の一部分から見た都合で、意味付けることは、
真実を覆い隠してしまうのではないかと思うのです。


それは私達の損害なのではないでしょうか・・・。


この世界がとてつもない永遠なる夢のようなものであるのなら、
私たちの世界のあらゆる前提が狂ってきます。


戦争や争い、様々な人類の抱えている苦しみは、
真実にもとづいていないために
起こるのではないかと感じてやみません。


科学的に夢のような所であると量子物理学や
他の科学がそのことを発見し、
それを堂々と伝えることがかなえられるなら…

人類は新たな気付きをもって
とてつもなく美しく、
とてつもなく愛しみに満ちた世界を
生み出すことが出来るのではないか思うのです…
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2010.05.10 Mon l 神秘や未知 l コメント (0) トラックバック (2) l top
本日は実話をベースにお話できればと思います




愛する人がガンになってしまいました。
末期のスキルスガンでした。



僕はなんとかして助けたい。なにか助けられる
方法はないのかと必死にもがきました。

それは今から十数年前のことです。


インターネットもさほど、発達していない時代で
そのような末期のスキルスガンから
救い出せるようなものをみつけるのは、大変困難でした。


当の彼女は、私が必死にそれを探しまわって
全国飛び回っていると、
どこかに出かけるのではなくてもう探さなくていいから
そばにいてほしいと、いつも言っていました。


僕は必死で助けたい。
その思いで彼女の言うことをあまり聞いてやれませんでした。


そして彼女は一緒にいて、
宇宙の話、

未知の話、

死が存在しない
と僕がよく言っていた、そのことについて
話してほしいと言っていました。


彼女は、助かるということよりも、
死とは何かと言うことを
ずっと最後まで私に問い続けました。





私は…
「宇宙の果ての果てを考えてごらん。
どこまでも続く…永遠にどこまでも続く…
それはおかしな話だ。



この世界がとてつもなく計り知れないからゆえに
どこまでも続くし、まるでそれは、夢の中ならば、
どこまでもどこまでも私たちが想像すればするだけ
遠くまで行けるように、
この世界も同じようなもので出来ていると思う…。」



そう彼女に伝えました…




僕は、死というものは存在しないと思うこと。
そして、この世は夢のようなもので出来ているのだということ、
そして今とんでもないとてつもないところにいるのだということ、
僕たちは生まれているといっているのも
真実ではないかもしれないということ。

生きているとか、死ぬとかというものを超えた
夢の中のようなところの出来事であると僕は思ってるということ。


ずっと伝え続けたのです・・・。
2010.05.07 Fri l 神秘や未知 l コメント (0) トラックバック (1) l top
死を超えていくということについてよく質問されます。

私は死を超えていくには、死後の世界とか、死んだらどうなるとか、
そういったことを考えることよりも、むしろ反対に、
「本当に生きているのかどうか」ということを調べてみる必要があると感じています。

本当は今、何処にいるのか…

本当に自分は存在しているのか…

この世と呼んでいるけれども本当にそうなのか…

それとも、この世界が夢のようなもので出来ているのではないか、
だから宇宙の果ての果て、どこまでも続くのではないか…
そのように見るようにしています。


そもそも前提が
「生きている」、

「どこに」、

「宇宙に」、

「この世に」


という状態で物事を見ていくと、
真実、リアリティーからそれてしまうのではないかと感じてやみません。


私は死の恐怖を超えていくには、
また、一番たやすくそれを成し遂げるには…

本当は生まれていない…
未知で神秘の中にいる…
どこだか分からないところにいる…ということに

また、夢のようなところではないのかということに
気づくことではないかと感じています。


それがもっとも大切なのではないかと
感じています。

2010.05.06 Thu l 未分類 l コメント (0) トラックバック (1) l top
私たちは科学というものを大切にしています。


しかしなぜ、宇宙の果ての果て…
どこまでもはてしなく続く…
ということを前提に考慮して進んでゆかないのでしょうか。


この世界と呼ぶものが
一体なんであるのかという疑問が、
どこかへ押しやられてしまうのはなぜなのでしょう。


また、計り知れずとてつもない…
なんだかわからないところであるという
事実から目をそらしてしまいます。


そのような前提が誤ってる条件下で…
本当の科学となり得るのでしょうか。


まもなくその問題に、遅かりしことではあっても
取り組み始めるとしたならば…


その時初めて真の科学的世界が


誕生することでしょう。



また、よく愛するという言葉をよく使います。

しかし真に愛するにはまた、大きな愛をもつには、
恐れがあっては難しいことではないでしょうか。



恐れがある時…
人は、味方しか愛せないのではないでしょうか。




この世界が、計り知れず…

未知でとてつもなく…

すべてがひとつであり…

永遠なる夢のような世界であり…


私たちはそのような不可思議なところに
存在し生きていると言うことが前提としてあって初めて、
真の愛というものに、
私たちは浸ることができるのではないかと感じます。


分たれているという感覚や妄想、

そこから生まれる

あらゆる戦いや混乱 悩み、苦しみは

人類を覆い尽くしています。


その中で真の愛、

とてつもなく大きな愛というものを、

しっかりともって生きるというのは

大変難しいことだと感じてなりません。




私たちに新たな幸せや可能性があるとするなら…




いったい今どこにいるのか…
果たしてそこは本当に夢のような所ではなくて
分たれた現実と呼ぶようなもなのか…



その前提から見直さなければならないのではないかと
私は思うのです。


2010.01.06 Wed l 本当の科学 l コメント (1) トラックバック (0) l top
私たちは「生まれた」とか「死んでしまった」とか、
そのように理解したり考えたり話したりします。

しかし…
「どこに…どこから」という問題を見落としてしまっています。


どこに生まれたのか、またはどこから死んだのかと、もし聞かれたなら
またしてもこの世とか…
地球だとか…
日本だとか…答えるしかないでしょう。


またいつと聞かれたなら、1900、2000何年、3000何年と答えることでしょう。

しかし、実際にはどこだかわからない、いつだか分からない、
なんだか分からない所なのです。

もしかしたらこの世かどうかもわからないような
とてつもない神秘の中にいて、
夢のような所にいるのかもしれないのです。



もし生まれるのも死するのも、
夢のようなものであるのなら…



それが科学的真実ならば、私たちは初めて
死(妄想)から解放されるでしょう
2010.01.05 Tue l 本当の科学 l コメント (0) トラックバック (0) l top
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