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私たちは科学というものを大切にしています。


しかしなぜ、宇宙の果ての果て…
どこまでもはてしなく続く…
ということを前提に考慮して進んでゆかないのでしょうか。


この世界と呼ぶものが
一体なんであるのかという疑問が、
どこかへ押しやられてしまうのはなぜなのでしょう。


また、計り知れずとてつもない…
なんだかわからないところであるという
事実から目をそらしてしまいます。


そのような前提が誤ってる条件下で…
本当の科学となり得るのでしょうか。


まもなくその問題に、遅かりしことではあっても
取り組み始めるとしたならば…


その時初めて真の科学的世界が


誕生することでしょう。



また、よく愛するという言葉をよく使います。

しかし真に愛するにはまた、大きな愛をもつには、
恐れがあっては難しいことではないでしょうか。



恐れがある時…
人は、味方しか愛せないのではないでしょうか。




この世界が、計り知れず…

未知でとてつもなく…

すべてがひとつであり…

永遠なる夢のような世界であり…


私たちはそのような不可思議なところに
存在し生きていると言うことが前提としてあって初めて、
真の愛というものに、
私たちは浸ることができるのではないかと感じます。


分たれているという感覚や妄想、

そこから生まれる

あらゆる戦いや混乱 悩み、苦しみは

人類を覆い尽くしています。


その中で真の愛、

とてつもなく大きな愛というものを、

しっかりともって生きるというのは

大変難しいことだと感じてなりません。




私たちに新たな幸せや可能性があるとするなら…




いったい今どこにいるのか…
果たしてそこは本当に夢のような所ではなくて
分たれた現実と呼ぶようなもなのか…



その前提から見直さなければならないのではないかと
私は思うのです。


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2010.01.06 Wed l 本当の科学 l コメント (1) トラックバック (0) l top
私たちは「生まれた」とか「死んでしまった」とか、
そのように理解したり考えたり話したりします。

しかし…
「どこに…どこから」という問題を見落としてしまっています。


どこに生まれたのか、またはどこから死んだのかと、もし聞かれたなら
またしてもこの世とか…
地球だとか…
日本だとか…答えるしかないでしょう。


またいつと聞かれたなら、1900、2000何年、3000何年と答えることでしょう。

しかし、実際にはどこだかわからない、いつだか分からない、
なんだか分からない所なのです。

もしかしたらこの世かどうかもわからないような
とてつもない神秘の中にいて、
夢のような所にいるのかもしれないのです。



もし生まれるのも死するのも、
夢のようなものであるのなら…



それが科学的真実ならば、私たちは初めて
死(妄想)から解放されるでしょう
2010.01.05 Tue l 本当の科学 l コメント (0) トラックバック (0) l top
本日からブログを始めました。

小さい頃から宇宙の果ての果てはなんだろう…

どこまでも続く…と怖くなって頭を振った事があります。

死とはなにか…と…。


そして愛しき人の死を通して

本当は今この瞬間も、

生きているとか死とかは、

人間の思い込みや、夢の世界なのでは…と気付いてきたのです


そもそも生まれたとか死は妄想なのでは…

真実とは、自身の妄想をはらす中にあるのではと…



このブログでは、そのことを深めてゆけたらと思います。

どうぞよろしくおねがいします。





私たちがこの世界に誕生して、

もし、まわりの人々に、「ここはどこ、今はいつ、わたしは誰」とたずねたとしたら、

人々から様々な答えが返ってくることでしょう。



それは「地球だ、銀河だ、日本だ、また、何々ちゃんだ何々君だ、

1900何年だ、2000何年だ、3000何年だ」といった様々な答えが返ってくるのではないでしょうか。

しかし、そのすべて意味付け、人類が決めただけの事に他なりません。

実際どんな所に本当は出て来ているのかと厳密に見てみれば、

ここは永遠に計り知れず、永遠にいつだか分からず永遠に誰だか分からない

とてつもない神秘の中ということがわかってきます。

もっといえば、この世とも、あの世ともつかない

本当はとんでもない所だということが見えてくるのです。 
2010.01.04 Mon l 本当の科学 l コメント (1) トラックバック (0) l top